大阪地方裁判所 昭和24年(レ)101号 判決
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴人の方で轉貸を理由とする契約解除を原因とし本件家屋の明渡を求める請求はこれを減縮する(從つて控訴人のこれに対する答弁も不要となる)、また被控訴人は既に結婚し、昭和二十四年七月一子が生れた。と述べ、控訴人の方で被控訴人の右主張事実は不知と述べた外原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が本件家屋を控訴人に賃貸していたこと、被控訴人が控訴人に対し昭和二十二年六月二十九日到達の書面で控訴人が原審相被告山内音吉に右家屋の二階を無断轉貸したことを理由として右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に爭がない。
被控訴人は右契約解除の意思表示は賃貸借契約を継続する意思のない解約申入とみることができると主張しているが、無断轉貸を理由とする契約解除の意思表示と自己使用の必要による解約申入の意思表示とでは、その法律的性質ばかりでなく、賃貸借関係の終了を求める実質的理由までも異にするものであつて、借家法の改正により賃貸借の解約に正当の事由を必要とする現在では、その解約申入の意思表示は右事由に基く明渡請求の意思表示であることを必要とするもので、他の事由で契約を解除し明渡を請求しておるからといつて、これを解約申入の意思表示に轉換してその効力を認めることは許されないものと解するので、被控訴人の右主張はこれを採用することはできない。しかし被控訴人は仮に右解除の意思表示が解約申入とみられないとすれば本訴状で解約の申入をしたと主張し、昭和二十二年八月二十九日控訴人に到達したことが記録上明かである本訴状には契約解除による明渡請求がなされている一方自己居住の必要が明記されているので、右訴状によつて解約の申入がなされたと認めるのが相当である。そこで右解約申入が正当の事由ある場合に当るかどうかについて考えてみると、先づ被控訴人側の事情としては、原審証人中村秀子、同川村瑛子の各証言に原審における被控訴本人訊問の結果(第一、二回)を綜合すると、被控訴人は昭和二十一年六月復員したが、戰災のため元の住居も両親も失つたので姉秀子の夫中村武方に同居していたこと、右中村武方の家屋は二階が八疊、三疊、階下が六疊、三疊(板の間)、二疊の間取で、階下は武夫婦及びその子供一人が使用し、二階八疊は昭和二十一年八月頃満洲から引揚げてきた被控訴人等の叔母の夫益田政雄夫婦及びその子供二人が使用し、被控訴人は妹瑛子と共に二階三疊に起居していたこと、被控訴人は近く結婚する予定であつたこと、(なお被控訴人は昭和二十三年五月結婚し、被控訴人夫婦は昭和二十四年一月中頃中村武方を立退き勤務先の富士林材工業株式会社の事務室の一部に居住しているが、暫くの間との約束であるので配給物の籍も中村武方に置いてある次第で、いずれは明渡さなければならないこと、被控訴人の妹瑛子も昭和二十四年二月結婚し、中村武方を立退いたこと。)被控訴人は本件家屋の外に貸家を三軒有しているが本件家屋の借家人は一人身であるに対し他の借家人は家族が多いことが認められ、これに対して控訴人側の事情としては、原審証人山内一雄の証言に原審及び当審における控訴本人訊問の結果を綜合すると、本件家屋は二階八疊、四疊半、階下六疊、三疊、二疊(玄関)の間取で階下に台所及び便所があり、二階は控訴人の母の妹の夫山内音吉夫婦及びその子供四人が使用し、控訴人は階下に居住していること、控訴人は一人身で南区島の内の旅館「暫」の女中をしているが、時には勤務先に泊り込むこともあること、控訴人には故郷福井縣に老母があつて、独り農業を営んでいるが、いずれは控訴人が引取る必要のあること、控訴人には俗に所謂旦那があつて時には本件家屋に泊ることもあること、山内音吉は二度までも戰災に遭い、やむなく控訴人を頼つてきて移轉先の見つかる迄ということで本件家屋の二階を轉借(使用貸借)しているが、生活難のため轉宅できないことを認めることができ、以上のような諸事情に現下の深刻な住宅難の実情を合せ考えると、被控訴人としては結婚後も中村武方に同居することは極めて困難であつて本件家屋に住居を求める必要のあることは明かであるが、控訴人としても本件家屋の賃借権を全面的に失うときはその生活が破滅に瀕することは察するに難くないところであつて、かような場合には双方が公平且合理的に家屋の各一部を使用するのを相当とし、その際賃借人が讓歩すべき限度で解約申入に正当の事由があると解すべきところ、本件では被控訴人が本件家屋の階下を使用し、控訴人が前記山内と共にその二階を使用することとするならば、被控訴人にとつては自己居住の必要は一應充足せられるし、控訴人にとつても、諸種の不自由は免れないとはいえ、最小限度の居住は保護せられるものということができるので、かように使用することが最も適正公平に本件家屋を利用する所以であると考えられるから、被控訴人の前記解約申入は階下の明渡を求める限度で正当の事由があり、他の部分については正当の事由がないものと判断する。從つて本件解約申入は右階下の明渡を求める限度で解約申入の昭和二十二年八月二十九日より六ケ月を経過した昭和二十三年二月二十九日限り効力を生じ、その限度で本件賃貸借契約は終了したから、控訴人は被控訴人に対し、本件家屋の階下を明渡す義務がある。なお、本件家屋のうち階下の出入口、台所、便所等控訴人が二階に居住して生活するに必要不可欠な部分については、被控訴人は民法相隣関係の規定の趣旨に從い控訴人の使用を妨害してはならない義務を負うものと認めるのが相当である。よつてこれと同趣旨の理由で控訴人に対し、本件家屋の階下の明渡を命じた原判決は相当であつて、控訴人の控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四條に則りこれを棄却し、控訴費用について同法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 相賀照之 山本一郎)